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広島家庭裁判所 昭和34年(家)545号 審判

申立人 中田美子(仮名)

事件本人 山尾義夫(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

申立人は未成年者山尾義夫を養子とすることの許可を求め、その理由として申立人の家系を継がせたいというのである。

当裁判所が、東京家庭裁判所(同庁家庭裁判所調査官喜多村弘)に嘱託し、且つ、当庁家庭裁判所調査官藤本和男に命じて事実を調査した結果は、要するに、申立人は広島の原爆で家族の全員を喪い孤児となつた者であるが、本年四月三木良夫と内縁関係を結び近く正式婚姻をしようとするにあたつて、上記三木が長男であるため夫の氏を称する婚姻をするほかなく、かくては申立人の家名が絶え広島に在る同家の墓地の世話をする者がなくなるので、亡父の弟の子である未成年者の承諾を得て同人と養子縁組をし、家名を継がせたい、というのである。しかし、申立人は未成年者とは幼時に逢つただけでその記憶も既に失せ、養子縁組をしたとしても、未成年者を引取つて世話をするとか仕送りをしてやるというようなことは全然考えていない、という。又未成年者は、申立人の家名を継ぐため養子縁組をすることについて異議はないというが、同人も亦、申立人との間に面識はなく、養子縁組後も養親子としての生活には期待をもつていない。即ち、現在同人は肩書住所地の洋服店に仕立職見習として住込んでいるが、将来洋服仕立業により独立の生活を維持していくという。

考えてみるに、養子縁組とは養親となり養子となる者の間の縁組意思の合致によつて、嫡出親子関係と同様の効果をもつ身分関係が創設される契約である。

旧民法下のこの制度は、主として祖先のために後嗣を求め、その家の継続を図り、同時に祭祀を承継させることにその目的があつた。しかし、個人の尊厳を基調とし、家の制度を廃止した現行民法にあつては、主として子の保護という観点より養子となるべき者の幸福利益を図る制度であると考えなければならない。従つて、縁組意思の内容として重視された旧民法における家名維持の観念は、現行民法の容れないところである。前叙事実調査の結果によれば、本件縁組は申立人の家名の維持のみを目的とし、未成年者の利益等については何等考慮されていないので、現行民法の趣旨に反し、仮令、未成年者の承諾があつたとしても、適正な縁組の合意があつたものと認めることはできない。

よつて、本申立は結局理由なきに帰し、認容しえないものであるから、主文のとおり審判する。

(家事審判官 藤井英昭)

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